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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和32年(ヨ)4号 判決

申請人 前原稔 外一名

被申請人 横須賀キャブ株式会社

主文

申請人等の申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

申請人等代理人は

申請の趣旨として

被申請人が申請人前原に対しては昭和三十一年十一月十三日、申請人石塚に対しては同年十二月二十七日にそれぞれなした解雇の意思表示の効力の発生を停止する。

被申請人は申請人前原に対しては昭和三十一年十一月十四日以降、申請人石塚に対しては同年十二月二十八日以降申請人等から被申請人に対する解雇無効確認請求訴訟事件の本案判決の確定するに至るまで、申請人前原に対しては一ケ月金二万六百二十九円から申請人石塚に対しては一ケ月金一万九千四百五十八円からそれぞれ所定の健康保険料、厚生年金保険料、失業保険料、源泉所得税、地方税を控除した額を毎月二十五日に支払うことを命ずる。

申請費用は被申請人の負担とする。

との判決を求め

申請の理由として

第一、

一、申請人前原は昭和二十八年一月一日以降被申請人会社に雇われ自動車運転者として勤務して来たものであるが、昭和三十一年十一月十三日被申請人会社から、その作成に係る就業規則第二十三条第一号「会社の名誉を毀損し、又は従業員の体面を傷けたとき」という懲戒事由に該当するものとして、同第二十四条所定の懲戒解雇処分に付せられた。

二、しかして申請人前原の右に該当するとされた行為は次のような事実である。即ち

昭和三十一年梅雨の頃申請人前原は横須賀市本町所在の米海軍基地正門前から同基地内シップストアーまで、米海兵隊員と同伴の日本婦人を被申請会社所有の自動車で運送し、右シップストアーに着いたとき、右婦人は申請人前原に対して千円札一枚を手渡したが、同申請人は相憎釣銭を持ち合せていなかつたので、右婦人に対して「こまかいのがありませんか」といつてその千円札を返えしたところ、右婦人は之を黙つて受取り同伴の米兵と英語で何かしきりに話合つていたので、同申請人はこまかい金をさがしているのかと思つて之をまつていたのであるが、すると右婦人はいきなり同申請人に対して「貴方は不親切だ私達にこまかい金の持ち合せがないのを知りながら、これだけ沢山自動車が通るのに、それらの自動車を停めて両替しようともしないで運転席に座り込んでいる」と言葉荒々しくののしつたので、同申請人もいくらか癪にさわつたものの場所が米海軍基地内であり、かたわらに同伴の米兵がおり右米兵は海兵隊員でMPと同一建物内で勤務していることを知つていたので、我慢しながら「自動車は沢山通るが、うちの車は一台も通らない。私は貴方達がこまかい金を探しているものと思つて待つていたのだ」と説明したところ、右婦人と同伴の米兵は「不親切だMPに報告する」といつた。しかし折り良く被申請人会社の運転者訴外中森信一が車を運転してその場を通り掛つたので右婦人から千円札を受取り同訴外人に之を両替してもらい釣銭を渡してその場を終つた。

ところがそれから約三ケ月を経過した或時、丁度その日は雨が降つていたのであるが、同申請人は米海軍基地内Jエアリヤーまで客を乗せ、同所で客を降ろして同基地内カミソリーストアー前に差し蒐つたところ、同所で前記婦人と前記米兵が自動車を探しているのを認めたのであるが前記の事情もあることからそのまま通り過ぎようと思つたが、客を見過していつたことから被申請会社及び同申請人に悪い事態の及ぶのを恐れて同所で停車して、同人等を乗車させ同人等の求めに依つて被申請人会社の本社まで運送して来た。

ところが、右婦人は下車すると直ちに右本社内に入りしばらくして戻つて来て千円札を両替して来たといつて料金百四十円の支払をした。そのとき同申請人が何気なく同女の財布をみたところ、両替をする必要のないこまかい金銭を同女は以前から持つていたことが窺われたのである。そして右婦人は同申請人に料金を払い終るや再び右本社内に入り被申請会社の事務員白木利美に対して同申請人の従前の所為を批難する意味のことを述べたのでたまたまその場に来合せた同申請人は「過ぎたことをわざわざこのようなところまで来てひつぱり出さなくてもよいではないか」と言つたところ、右白木が両者の仲に入つて同申請人を宥めたのでその場は事件なく終つたのである。そして其の後同年十一月四日頃右婦人は同申請人の同僚訴外梅沢昭二に対して同申請人と釣銭のことに関して口争いをしたことを謝するような言葉をもらしたような状態であつたのに拘らず、被申請会社は右一連の事実を理由として、前記のとおり同申請人を懲戒解雇処分にしたのである。

三、しかしながら、いやしくも法的拘束力をもつ就業規則の適用として解雇がなされる以上、懲戒事由の存否の認定、情状の判定等は使用者の自由裁量に委されるべきものではなく、使用者は客観的に妥当な就業規則の適用をなすべき義務があり、従つてその適用を誤つた場合にはその解雇は就業規則違反として無効である。申請人前原の右一連の行為は就業規則第二十三条第一号所定の「会社の名誉を毀損し又は従業員の体面を傷けたとき」に該当しないから同申請人に対する解雇は就業規則違反として無効である。なお右解雇後申請人前原の加入している神奈川ハイヤータクシー労働組合横須賀キャブ支部、その上部団体である神奈川ハイヤータクシー労働組合及び神奈川県地方労働組合評議会は本件は懲戒解雇該当事由なしとの確信にもとずいて被申請会社と数回接渉したのであるが被申請会社代表者村瀬春一は申請人前原は右婦人に対して馬鹿野郎といつたといい、或はそのようにいつたかいわぬかは別としても二回目に同婦人に会つた際に謝罪をしなかつたのはサービス業のなんたるかを弁えぬものだとして解雇撤回を拒否したものである。

仮に申請人前原の行為が右就業規則の右条項に該るとしても右就業規則第二十四条は懲戒処分として、譴責(始末書を提出させる)出勤停止(七日以内の出勤停止、停止期間中無給)減給(労働基準法第九十一条所定範囲内のもの)解雇の四種類を定めており、解雇が労働者に与える精神的物質的に大きな打撃を与えることからみると、右申請人前原の行為に対して解雇という処分をなしたのは解雇権の濫用として無効である。

第二、

一、申請人石塚は昭和二十七年八月十二日以降被申請会社に雇われ自動車運転者として勤務して来た者であるが、昭和三十一年十二月二十七日被申請会社から「タクシー運転者として長期連続成績不良にして営業車運転手として不適当」という理由で解雇された。

二、しかして被申請会社のいう申請人石塚の「長期連続成績不良」とは以下の事実を指すのである。即ち

同申請人は被申請会社から昭和三十一年三月分以降同年十二月分まで次のように奨励手当を受けている。

三月分  零       (病気のため稼働皆無)

四月分  零       (右に同じ)

五月分  四百円     (病欠十一回)

六月分  五千七百四十円

七月分  四千八百九十四円

八月分  七千七百三十円

九月分  八千七百円

十月分  八千五百二十円

十一月分 八千二百四十円

十二月分 八千八百六十円

そして就業規則別表(二)の奨励手当算出表によると

運輸収入  歩合率  奨励手当

六万円未満 〇・〇二 千二百円以下

六万円以上 〇・〇四 二千四百円以上

七万円以上 〇・〇六 四千二百円以上

八万円以上 〇・〇七 五千六百円以上

九万円以上 〇・〇九 八千百円以上

十万円以上 〇・一〇 一万円以上

であるから、同申請人は十二月中には金九万八千四百四十四円、十一月中には金九万一千五百五十五円、十月中には金九万四千六百六十六円、九月中に金九万六千六百六十六円の運輸収入を稼いだことになる。

なお同申請人は昭和三十一年二月末頃発病して八十三日間欠勤したので出勤後も健康が完全に回復したわけではなかつたが、生活のためと被申請会社の一ケ月金十万円の運輸収入を収めるようにとの要求(横須賀市内のタクシー業者でこのような要求を従業員に対してなしているものは他にない。)に依つてそれに近ずくために努力したのであるが健康未回復のため右のような運輸収入にとどまつたのである。

三、被申請会社作成の就業規則第十五条は解雇事由として

(一)  業務上必要な許可又は免許等の効力を失つた時又は其の停止期間三ケ月以上に及ぶ場合但し一時停止の場合は原因に依り考慮されることがある。

(二)  精神又は身体の障害の為就業に堪えずその回復の見込薄いとき。

(三)  誓約書に違背した場合。

(四)  懲戒解雇されたとき。

(五)  止むを得ない業務上の都合のあるとき。

と規定されているが、同申請人の解雇事由は右の(一)乃至(四)でないことは明白であるから右の(五)に依つたものと思われるが、前記同申請人の稼働運転収入の状態からみて右(五)にも該当しないことは明かであるから、同申請人の解雇は就業規則違反として無効である。

四、仮に右主張が容れられないとしても、同申請人は神奈川ハイヤータクシー労働組合横須賀支部書記長として活溌に組合活動をして来たものであり、就中申請人前原の前記懲戒解雇問題に際しては組合書記長として組合活動をした関係上被申請会社の同申請人に対する解雇はその活溌な組合活動の故を以て前記運輸収入の不足に藉口して為された不当労働行為とし無効である。そしてこのことは同申請人が被申請会社の浅羽吉之助から本件解雇を申し渡された際傍にいた被申請会社代表者村瀬春一が同申請人に対して「組合は今度前原のことで地方労働委員会に救済を申立てたそうだね」「君は書記長だね」といつたことからも伺われる。

被申請会社の従業員は神奈川ハイヤータクシー労働組合横須賀支部とYキャブ従業員組合の二つの組合に分属しており後者はいわゆる御用組合と認められる点が多々あり、之に反して前者は被申請会社から立入禁止の仮処分を受けたこともあり、その際スクラムを組み法の許す範囲内で種々被申請会社に抵抗をしたという経歴をもつて労働組合で総評の傘下にあるものであることから、被申請会社としては同申請人が書記長をしている前者を心良く思つていなかつたもので、このような背景の下になされた同申請人の解雇は不当労働行為として無効であることは明かである。

第三、以上のような理由から申請人等は被申請会社に対して、本件各解雇の無効確認の本案訴訟を提起するため、その準備をなしているものであるが、申請人両名は一介の労働者に過ぎず、自ら生き且つ妻子を扶養しなければならないので右本案判決の確定をまつていては回復することのできない損害を受けることになるので、本件申請に及んだものであり、申請人両名が前記各解雇の日以降被申請会社に労務の提供をすることができないのは、前記の通り被申請会社の責に皈すべき事由に因るのであるから、申請人両名は被申請会社に対して民法第五百三十六条第二項に依つて報酬請求権を有するものであり、その内容と額は被申請会社から常時的に受けていた賃金その他の収入、歩合制による通常の歩合収入で申請人前原については、同人の基本給時間外手当奨励手当無事故手当危険手当として解雇の日の属する月の先の月から遡る三ケ月間に得た報酬の合計額金六万四千八百八十九円の三分の一の平均月額金二万一千六百二十九円から申請人石塚については同人が基本給家族手当時間外手当奨励手当無事故手当危険手当として同じく右前原と同一方法によつて算出し平均月額金一万九千四百五十八円(三ケ月合計金五万八千三百七十五円)から、それぞれ所定の健康保険料、厚生年金保険料、失業保険料、源泉懲収の所得税並びに地方税を控除した額を申請人両名に支払うことを求めるため本件申請に及んだものである。と陳述し

被申請会社主張事実に対して

(一)  本件各解雇が就業規則第二十四条所定の査問委員会の議を経たという事実、申請人前原が二回目に日本婦人を本社前まで乗車させたとき同婦人から千円札を出され釣銭を要求されたという事実、申請人石塚が料金の不正収得を目的として、その主張のように乗り継ぎ行為をなし且つ被申請会社に不実の報告をなしたという事実は否認する。

(二)  申請人石塚の勤務成績順位が被申請会社主張のようであること同申請人石塚の乗り継ぎ行為が神奈川県乗用自動車街頭指導委員会によつて発見報告されたという事実はいずれも不知。

(三)  申請人両名が現に他に就職していることは争わないが右は暫定的なものでこれによつて本件仮処分の必要性なしとはいえない。

と答えた。(疎明省略)

被申請会社代理人は

主文同旨の判決を求め

答弁として

一、申請人主張第一の(一)の事実は之を認める。但し懲戒解雇事由は申請人主張の就業規則第二十三条第一号所定事由の外同条第三号所定の故意又は過失によつて違反行為をなし又は会社に不利益を与えたときにも該当するものとして懲戒解雇をなしたものである。

二、申請人前原の解雇事由は次の具体的事実にもとずくものである。

昭和三十一年十月十三日正午頃一婦人が被申請会社事務所に来て「会社は運転者に釣銭を持たさないでお客に両替させるような営業方針をとつているのですか」と問うので、其の場に居合せた被申請会社の白木利美が

「そんなことはなく何時も運転者自身が両替できるようにしている」と答えた処、右婦人は「同年七月頃にベース内で九号車(申請人前原の運転する車輛)は両替をしてくれないだけでなくお客の自分に悪態までいつた。常にタクシーを利用しているが、このようなことは初めてであつたが、今後この様なことのないように注意してほしい」と言い残して帰りかけたところ、申請人前原がその場に来ていきなり同婦人に対して「あなたはトラブルを好むのか、古いことをどうして会社に報告するのか」といつていまにもつかみかかる様な形相で喰つて掛かつたが、同婦人は「自分はいつもYキャブ(被申請会社のことを指す)の車を利用しているが、皆親切な運転手ばかりなのにあなたの様に不親切にされるとYキャブの評判が悪くなると思つて話をしただけである」と答えたところ申請人前原は大いに怒つて「そんなことは会社に言う必要はない、あなたは好んでトラブルをつくつている」とて血相を変えて詰寄りたまたまその場に来た同伴の米軍人が同婦人を伴つてその場を立去ろうとしたところ、同申請人はなおも事務所外まで同人等の後を追い、語気も鋭く「あなたは自分独りで問題を大きくしている」と叫びながら、「同婦人の片手を引張り」再び同婦人を事務所内え引き入れようとした。その時同婦人は「此の間はベース内で馬鹿野郎呼ばわりまでされた」と涙をたたえて同申請人を批難していた。そして同伴の米軍人も同申請人に対して「あなたはタクシー運転手としての資格はない、あなたのベース出入は禁止するように取計い更に会社(被申請会社)に対しても重大な決意をせざるを得ない」旨を言い置いて同婦人を伴つて其の場を立去つた。しかしその後被申請会社としては右米軍人に対して社員浅羽吉之助をやつて謝罪の意を表してようやく事なきを得たのである。

なお右事実のうちで右婦人が申請人前原から馬鹿野郎呼ばわりをされたという出来事は同年七月頃申請人前原が右婦人及び米軍人をベース内のショップストアー前まで乗車させた際、料金支払のため右婦人が千円札を出したのに対して、同申請人は「こまかいのはありませんが」といつて之を突返えし運転台に乗つたまま知らん顏をして何等の配慮もしないで、同婦人から「随分不親切だ」といわれたことに端を発して、同婦人と口論をした際同婦人に対して馬鹿野郎と罵しつたことを指すものであり、このことは当時被申請会社はこれを知る由もなかつたが、前記十月十三日に至つて始めて、右婦人の訴に依つて知るようになつたことである。

三、被申請会社は一般乗用旅客自動車運送業等の経営を目的とするいわゆるサービス業種に属し従業員特に自動車運転者の接客態度は会社営業の実績に直結し、社運の隆替に重大関係を有するので、運転者の乗客に対するサービスに就いては、従来から営業方針として強調しかつ全員に徹底させていたのであるが、特に本件の起きた昭和三十一年度においては年頭の挨拶以来機会あるごとに各業務機構を通じてサービスの徹底を指示し、いやしくも乗客との間に紛争を起しサービス業の本旨に反するような接客態度に出た者に対しては、厳重な処置を以て臨みあるいは職場から排除するの止むない場合のあることを衆知徹底させてきたのである。なお被申請会社はベースタクシーとして、とくに米海軍基地内えの出入を許されているのであるが、一部従業員の不心得な行為によつて其の出入が禁止されると、いきおい多額の収入減を来たし、多数の従業員が困難な事態におち入るのは勿論会社存立の基礎も危くなることが予想されるのである。

四、申請人前原の前記の行為は、サービス業の本旨に反し、被申請会社の業務上の指示に違反する行為であるのは勿論延いては会社の名誉(信用)を毀損し他の従業員の体面を傷けたことになるので、就業規則第二十三条第一号及び第三号所定の事由に該当するものとして同第二十四条所定の査問委員会の決定を経て昭和三十一年十一月十三日解雇したのである。

五、申請人主張第一の三の事実中申請人前原の解雇について、神奈川ハイヤータクシー労働組合横須賀支部と昭和三十一年十一月十七日及び同月二十三日の二回に亘つて接渉したこと同年十一月二十九日松田神奈川県地方労働委員会委員から交渉のあつたこと、同年十二月十三日前記松田委員及び神奈川ハイヤータクシー労働組合書記長、神奈川県地方労働組合評議会議長から交渉のあつたこと、右各交渉において被申請会社が解雇の撤回に同意しなかつたことはこれを争わない。しかしながら申請人前原の所為が就業規則第二十三条第一号に該当しないとの主張又解雇権濫用の主張は争う。

六、申請人等主張申請理由第二の一の事実は認める。但し申請人石塚の解雇事由はその外に後記の如く同申請人が料金の不正行為及び報告書に不実記載をなしたこと即ち同申請人が就業規則第二十三条第一号第五号所定事由に該当する行為をなしたので同第二十四条に依つて同人を懲戒解雇にすべきところを、特に同申請人の就職等の支障となることを考慮して被申請会社において懲戒解雇事由及び懲戒解雇であることを表示しなかつたのである。

七、申請人主張第二の二について申請人石塚の昭和三十一年三月分以降同年十二月分までの奨励手当の支給額及び奨励手当算出表による計算がその主張のようであること及び同申請人がその主張のように欠勤したことは之を争わないが其の余は争う。被申請会社が所属運転者に対して一ケ月金十万円の運転収入を要求したことはない。申請人石塚の同一年限勤務者(四年以上勤務者)三十六名中における其稼働成績順位は昭和三十一年八月は第三十六位、同年九月は第三十五位、同年十月は第二十九位、同年十一月及び十二月は第三十六位という底位であつた。

八、申請人等主張第二の三の事実中就業規則第十五条所定の解雇事由が申請人等主張のものであることは認めて争わないが、その余の主張事実は争う。

申請人石塚の解雇事由は次の通りである。即ち

同申請人は料金の不正収得を目的として、昭和三十一年十二月二十三日午後十一時頃米海軍ベース方面から乗車した客がEMクラブ前で下車したのに、タクシーメーターを切替えないで同所附近からベース方面に新しい客を乗せて運転し、タクシーメーターの不正乗継行為をし且つ之にもとずいて被申請会社に対して運転についての事実(メーター料金)について不実の報告をなしたのである。

しかして料金についての不正行為並びに日報の不実記載等の禁止については、同申請人を雇入れるに際しても又その後においても厳重に指示しておいたことで、之に違反した行為のあつた時は即日解雇になることは同申請人の熟知していたことである。

蓋し料金に関する不正行為と日報の不実記載を看過し寛大に処置をすると、対外的には会社の信用を失い対内的には従業員の管理を不可能にし、且つ会社が不測の損害を蒙る惧れもあるので、いずれの同業者においても之に対しては厳重な態度で臨んでいるのである。

そして申請人石塚の右行為は、神奈川県乗用自動車街頭指導委員会に依つて発見報告されたものであり、就業規則第二十三条第一号第五号に各該当するものとして前記前原と同様査問委員会の決定を経た上で、その勤務成績の底劣なことも併せて考慮して同申請人を解雇したのである。

九、申請人等主張申請理由第二の四について、被申請会社に雇われている従業員がその主張の二組合に分属していること又その主張のような立入禁止の仮処分のなされたことは認めるがその余の主張は争う。

十、申請人等主張第三の事実中申請人等の給与の算定基準並びに平均給与の算出方法とその額が申請人等主張の通りであることは認めるが其の余の主張は之を争う。

十一、なおベースタクシーというのは米海軍基地内に出入して営業することを米海軍によつて特に許可されたタクシーを通称しているもので、右許可は当該営業会社に対して車輛及び運転手を指定してなされるもので、米海軍側が認定した立入禁止事由があると当該会社全体に対して又は特定の車輛及び運転者に或は単に運転者のみに対して、期限付又は無期限に基地内出入を禁止されることがあるものである。

十二、仮処分の必要性について申請人両名は現在いずれも他に就職をしてそれぞれの生活を維持するに足りる収入を得ていることは各本人尋問によつて明かであるから、本件仮処分の必要性はない。

と陳述した。(疎明省略)

理由

一、申請人前原の解雇について

(一)  同申請人が昭和三十一年十一月十三日被申請会社からその就業規則第二十三条第一号所定の「会社の名誉を毀損し又は従業員の体面を傷けたとき」という懲戒事由に該る事実あるものとして懲戒解雇された事実は当事者間に争がなく、又証人浅羽吉之助の証言によつて成立を認める乙第三号証の二、三の記載と同証人及び証人白木利美竝びに被申請会社代表者村瀬春一の各供述に依れば、右解雇について右就業規則第二十四条所定の査問委員会の決定(右代表者村瀬春一の供述によれば同委員会は単なる諮問機関にすぎない)がなされたことも明かである。

(二)  しかして当事者間に争のない事実と証人白木利美同梅沢昭二竝びに申請人前原稔本人の各供述とを綜合すれば被申請会社が申請人前原の解雇事由として主張する事実(事実摘示の項二掲記の事実但し同申請人が客の日本婦人に対して馬鹿野郎といつたという主張と同婦人の片手を採つて事務所内え引き入れようとしたという主張については疎明からみて明かでないので之を除くが申請人前原本人の供述によると同人は右婦人に対して釣銭のことに関して馬鹿野郎以上に悪質とも思われる「運転手は金庫を背負つているのではない云々」という言葉を用いたことは明かである)の疏明があつたものということができる。

(三)  よつて進んで、右疎明された事実が被申請会社所定の就業規則第二十三条第一号にいわゆる「会社の名誉を毀損し又は従業員の体面を傷けたとき」という懲戒事由に該当するかどうかについて按ずるのに、懲戒が従業員に対する重大な処分であることと対比すると右規定の文言の甚だ抽象的一般的なものでありしかもいかようにも解釈適用の許されるような弾力性ある表現形式を採つていることからみれば経営者側である被申請会社の一方的解釈に依つて運用されるのに適さないことであるのは言を俟たないところであり、すべからく経営者である被申請会社と従業員である申請人双方の置かれている具体的な企業の環境と、当該問題となつた従業員の行為の当該企業内に占める位置とそれの行われたときと処における具体的事情竝びにそれによつて示された当該従業員の自己の属する企業に対する信義的でない性行従つて企業のいわゆる生産性に対する態度等を詳細に検討して具体的事実に即して、客観的に妥当な価値判断に従つて解釈適用されるべきものであるといわなければならないのであるが、右に従つて前記疏明された事実をみると弁論の全趣旨からみて当事者間に争いがないと認められる被申請会社がタクシー業を営むものでしかもその主張のようないわゆるベースタクシーとして米海軍基地に出入を許されて営業をなしている会社であること、従つてタクシーの運転者である申請人は車を運転して営業することについて、その企業の特質上いわば企業全体を一個の車に背負つて行動しているものという立場にあるものであること又米海軍基地において営業をすることを特に許されている被申請会社の従業員であること右行為が業務を離れて行われたものでないことと右疏明事実にみられる申請人前原の前記一連の所為とからみると同申請人の所為は全く自己及び自己の属する企業の環境に何等の考慮をも払うことなく客に対する感情をあらわにしてなされた行為でありいずれの点からみても右就業規則所定事由に該当するのを免れ得ないものであるといわなければならない。

(四)  次に右のように申請人前原の所為が懲戒事由に該るとしても之に対して如何なる処分を以て対すべきかどうかについて按ずるのに懲戒処分はいうまでもなく職場の秩序維持と企業の生産性向上のためになされるものであるが、その本旨は可及的に右秩序違反と生産性向上に対する阻害性乃至背反性の予防の観点から、当該違反者の反省を求めるためと一方他戒とのためになされるべきものであるというべきであるから、その処分の態様も右の目的に従つて客観的にしかも合目的的になされるべきもので、不必要に性急に他戒のみを強調して、本来懲戒が右のように違反従業員の反省による将来の違反行為の予防のためになされるべきものでもある点を忘却して為されてはならないものであるといわなければならない。右に従つて前記事実に現われたところから本件申請人前原に対する懲戒として、解雇処分がなされたことが申請人主張のように解雇権の濫用になるかどうかという点について按ずるのに弁論の全趣旨と証人白木利美同松岡三郎の証言と申請人前原本人の供述に現われた申請人前原の日頃の言動が多少粗いものがあつたという事実と前記懲戒該当事実と並びにそれが被申請会社の企業に対してもつところの価値とを綜合して考慮すると、被申請会社が同申請人に対して懲戒処分として解雇を以て臨んだことはその懲戒権行使についてその範囲を逸脱した無効のものということはできないものといわなければならない。従つて被申請会社が申請人前原に対して懲戒解雇を以て臨んだことを以て解雇権の濫用であるとする主張は之を容れることはできない。

二、申請人石塚の解雇について

(一)  同申請人が昭和三十一年十二月二十七日被申請会社から同申請人主張のように「タクシー運転者として長期連続成績不良にして営業者運転手として不適当」という理由で解雇を言渡された事実は当事者間に争がなく成立に争のない乙第十四号証の記載と、証人原七郎の証言と同証言に依つて成立を認める乙第七号証、更に証人白木利美の証言に申請人石塚博本人の供述とを綜合すれば、被申請人が同申請人の解雇事由として主張する事実(事実摘示の項六と八掲記の事実)が十分に疏明されたものということができる。そして証人浅羽吉之助の証言と申請人石塚博竝びに被申請会社代表者村瀬春一の供述とに依れば、申請人石塚の解雇は表面上は長期連続成績不良にして営業車運転手として不適当となつているが右営業車運転手として不適当ということの実質的理由とされているのは、右疏明事実に現われた同申請人のいわゆる乗継行為とこれにもとずく日報による不実の報告をさすものであることが明かであり唯同申請人の他えの就職を考慮して右のような表面的抽象的な理由の表示がなされたものであることも明かである。そしてこのことは同申請人において承知していたことも疏明されている。

(二)  しかして右解雇について手続的に被申請会社所定の就業規則第二十四条所定の査問委員会の決定がなされ、それに従つて同申請人に対する懲戒解雇処分の行われたことは証人浅羽吉之助の証言と同証言によつて成立を認める乙第三号証の四の記載に依つて明かである。

(三)  しかして右に疏明された事実が被申請会社主張のように同就業規則第二十三条第五号にいわゆる「料金並に報告に不正のあつたとき」に該当することは明かであり、被申請会社における稼働料金収納と運転日報による報告という行為がその会社業務の中で占める位置からみるとそれが被申請会社のように多数の車を抱え、その企業収益のほとんど全部を右運転料金の収入に依存していること及びその企業の運営が運転手の日報に依る運転状況の報告を重要な資料として、之にもとずいて行われるということ、しかも右運転料金の収納と日報による運転状況の報告の確実性の確保は、一にかかつて運転担当従業員の高度の誠実性とに依存していることからみると前記疏明事実と申請人石塚博本人の供述によつて窺われるように、たとえ右料金の不正収得が金額的に僅かなものであり又それが事前に計画された意図の下になされたものではなくいわば事後的に偶発的になされたものであつたとしても同申請人の供述及び之に依つて成立を認める第十三号証と証人白木利美同松岡三郎の証言とに依つて明かな同申請人の稼働成績の長期的不振という事実と右疏明された料金不正収得と日報不実記載の事実とを伴せて考量すれば、申請人石塚に対して懲戒解雇の処分を以て臨んだ被申請会社の処置も又止むを得ないものといわなければならない。

そして又、当事者間に争のない事実と証人伊藤大二及び被申請会社代表者村瀬春一の各供述によつて認められる前記申請人前原に対する解雇が昭和三十一年十一月十三日に行われその後これについて同申請人と申請人石塚の属する労働組合(神奈川ハイヤタクシー労働組合横須賀支部)と同年十一月十七日及び同月二十七日の二回に交渉の行われたこと、更に申請人石塚は当時右組合の書記長をしていたという事実があつても、一方成立に争のない乙第七号証及び前記のように成立を認める乙第三号証の四に依つて明かな右申請人石塚の料金不正収得日報不実記載行為が行われたのが同年十二月二十三日でその報告を被申請会社が受領したのが同月二十四日、これについての査問委員会がひらかれたのが同月二十七日であつたという事実からみても、特に申請人石塚の解雇が同人の組合活動(右認定の前原解雇事件と当事者間に争がない被申請会社えの立入禁止仮処分事件における組合活動)に対する報復的処置として意図され且つ行われたという事実は本件の全立証に依つても之を認めることはできないし、このことと前記疏明された解雇事由とを対比して考えれば、右申請人の解雇を以て不当労働行為なりとすることは到底できない。

依つて申請人石塚の懲戒解雇を以て不当労働行為として無効を主張する同申請人の主張は之を容れることはできない。

(四)  以上の理由からすれば、申請人等の本件仮処分申請は其の余の争点についての判断をまつまでもなく之を失当として却下すべきものである。

従つて民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決をする。

(裁判官 安藤覚)

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